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その実で見分ける

投稿日:7月 23, 2017 更新日:

マタイによる福音書7章15~29

 先週は「狭い門から入りなさい」とのみ言葉を聴きました。では、反対に広い門とはどのような門なのでしょう?多くの人達はこの門から入れば自分の身の安全が保証され、世の中をうまく渡れると考えるのですが、そのような考えに基づいた生き方は滅びに通じる、 とイエス様は仰います。狭い門に通じる道は細く、歩きにくく、まずそれを見つけること自体難しい。けれどこの道こそが永遠の命に通じるものだとすれば、その道を行くのにどのような生き方が求められるのでしょうか?まず私達は良い実をならせる木にならなくてはなりません。良い木でなければ良い実はならないのです。口先だけで「主よ、主よ」と呼びかけても、実際の生活がおよそ神様に従う姿には程遠かったり、砂の上に建てられた家のような、土台のし っかりしない信仰者では決して良い実を結ぶことは出来ません。その人が本当に生涯を賭けてイエス様に従っていこうとしているのかどうかは、その人が神様と人とを愛しているか、すなわちその人格の内に愛の実が結実しているかどうかで判断出来るのです。 私達が人生の途上で出会う出来事の中には、つらく苦しい事が沢山あります。けれどイエス様の言葉にお従いしようと思う者にとって苦しい体験はそれで終わってしまうものではありません。負の体験は必ずプラスに変えられ、それが肥えた土壌となり、上質な肥料となって、香り高い柔らかな実を結ばせてくれるのです。 どのような状況にあっても、揺るがぬ信仰に立ち、イエス様に従い続けて、良い実をならせる木に成長してゆきたいものです。そうして始めて私達は狭い門に続く細い道を辿ることになるのです。

-説教要旨

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