目を覚ましていなさい

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ルカによる福音書12章35~48節

本日の箇所でイエス様は主人の帰りを待つ僕の在り方を通して、いつ主人が帰って来ても良いように目を覚ましていなさいと仰います。

ここで言われる主人とはイエス様のことです。私達はいつイエス様とお会いするようになるか、その時を予め知ることは出来ません。ですからその日その時を知らない私達は、いつも準備していなくてはならないのです。女子スピ-ドスケートの第一人者である小平奈緒選手は、次のガンジーの言葉を座右の銘にしているそうです。

「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるかのように学べ。」

明日死んでも良いような悔いのない生き方をしなさい。でも、この命が続く限り生かされている今日という日に精一杯学びなさい、という意味の言葉だと思います。いつも目を覚まし、その時のためにしっかり準備しておきたいと思いつつ、それでも私達は十字架につけられる前夜、祈るイエス様のそばで眠ってしまった弟子達同様、心も肉体も本当に弱い者です。神様を信じていると言いながら様々な悩みや苦難に遭うと、祈るどころでなくなって右往左往してしまうのです。マタイによる福音書には「そのとき畑に二人の男がいれば一人は連れて行かれ、もう一人は残される。二人の女が臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、もう一人は残される。だから目を覚ましていなさい。」(24:40~42)と、本当に準備が出来ているかどうか厳しく選り分けられる様子が書かれています。

主人がいつ帰ってきても良いように、真夜中であれ、明け方であれ、その時を今か今かと待っている忠実な僕になれるよう、一日一日を大切に過ごしたいものです。