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「神様が建ててくださる家」(2018.8.5)

投稿日:8月 5, 2018 更新日:

詩編127編

本日の聖書箇所の詩編は短く、特に難解なところはありません。けれど短い語句の中に、私達が誤りを犯しやすい点についての厳しい指摘があります。
「主御自身が建ててくださるのでなければ家を建てる人の労苦はむなしい。」(1節) 家を建てるという行為は人の一生の中でも最も大きな仕事と言えます。ただ、家を建てることに限らず何事も事を為すに当たっては人の計算や思惑や見通しによるのでなく、まず、神様への祈り、神様の御心を問うことが、その出発点になくてはならないのです。
「主御自身が守ってくださるのでなければ町を守る人が目覚めているのもむなしい。」(1節) 自分の身を守るためには、私達はこの世の物をあてにします。政治の世界では自分の国を守るには、核の抑止力が必要だと言われます。敵国を脅す手段として核を持っていなくてはならないという考えです。それを用いれば人類が滅びかねない手段を振りかざして脅し合うとは、本当に愚かなことです。何であれ、人間の知恵や力を頼みにすることはむなしい、とここで述べられています。
イエス様は、あるたとえ話をなさいました。金持ちの畑が豊作で、彼は倉を大きく作り変え、有り余る穀物をそこに納めれば、この蓄えで死ぬまで安泰だと思ったのです。しかし、神様はこの男に今夜の内にお前の命は取り上げられる、と仰るのです。
何事も人の力でなく、神様により頼んで生きること。日常生活の中で神様をその中心の柱に据えること。各々の家庭も、そして、教会も神様ご自身に建ちあげて頂く。そこには必ず神様の祝福が注がれます。

-説教要旨

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